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第四區

『第四區のあゆみ』

沿革
 第四區の歴史は以下のように統廃合が何度かあり、現在の組の構成になった。この歴史を振り返ることは有意義なことで、諸先輩のご努力に感謝と敬服の気持でいっぱいである。
 江戸時代の元六番組・元八番組と元九番組が、現在の第四區の母体である。明治になってから一番組は「た組」二番組は「な組」と「む組」、三番組は「そ・つ・ね組」が合併、四番組は後で「う組」から成る。五番組は以下の項の通り明治初年に発足した。
 昭和23年(1948)10月、城北地区の豊島・北・板橋三区の旧郡部消防組11組が会の趣旨に賛同し、第四區に入会した。
 昭和30年(1955)9月の成田山新勝寺に記念会として奉納した石段敷石・築庭などの記念石碑の裏には、当時の幹部組員の名前が記されているが、そこには五番組までと、以下の11組の名前が記されていて、この頃までは第四區は合計十六組があった。(板橋一番組・巣鴨二番組・王子三番組・赤羽三番組・滝野川四番組・池袋五番組・西巣鴨六番組・高田七番組・椎名町八番組・志村九番組・上板橋十番組)昭和32年(1957)、板橋区・北区の6組と、翌33年に練馬区の3組が加わり、第十區として分離独立したので、第四區は現在の体制になった。
第四區五番組の誕生
 江戸風俗研究家の神保侃司さんが、明治19年(1886)生まれの神田の木遣師藤森佐太郎氏に聞いた話として、第四区五番組の誕生の経緯を『東京消防 江戸・明治火消実録』に紹介している。当時の雰囲気が伝わってくる。「明治十年には俎橋・神田錦町には組がなかった。
 (中略)組がなかったのでよ組の頭塩崎栄助に頼みに来たが、他の組(*)の倍広いから断った。そこで森川の彦八(森川町の松島彦八頭)さんが仲に入って、私の方でどうかしましょうと気を揉んで、今の四區五番組が明治初年に出来たんです。」
 (*「他の組」としているが「他の組」を「た組」と解釈したという話も残っている)
 消防第四方面という区分に従い、文京区・豊島区の全部、千代田区・新宿区の一部が受持区域になった。

第四區最後の火掛り纒
 昭和12年3月28日付の報知新聞や東京朝日新聞に「今暁小石川の大火」「御殿町校全焼」という見出しや「十八台の自動車ポンプ及び救急車等出動」などの記事が掲載されている。
 この火事では、延焼中の建物の写真が掲載されているが、その手前の建物の屋根に纒のシルエットがハッキリと見える。高い順から二番組、一番組、三番組、五番組、四番組である。当時の第四區全ての組が参加している。
定例参拝する寺社と納め物 
 第四區が定期的に参拝・奉納している寺社は以下の通りであるが、特に成田山新勝寺と宗吾霊堂と大山寺には、ひとしお強い思い入れがあり、奉納は今も続いており、先輩諸氏から受け継いできたものを、更に後世に繋ぐため、後輩達にも同様に続けていく素地作りと精神の継承を行っている。
@成田山新勝寺 元六番組からの唐獅子一対
A宗吾霊堂への天水桶・石碑類奉納。奥の院への奉納。
 青銅の灯籠一対 昭和63年10月
B祐天寺 元六番組からの額 昭和36年4月
C大山寺 木遣塚 昭和37年8月
D大雄山最乗寺 筒先中からの額 昭和40年10月
E古峯神社 第五区と協同で建立した木遣塚
F谷保天満宮 額 平成14年9月
G三峯神社 額 平成14年10月
年間の恒例行事
 1月 出初式・大盃の儀
 2月 節分でなど神田明神・沢蔵司稲荷へ
 3月 春・秋のお彼岸には、物故者(組頭・木遣師)
    の墓参りを組ごとに実施。
 5月 神田明神・湯島天満宮祭礼、消防殉職者慰霊祭
    への参加
 6月 三峯神社 定例参拝
 7月 法人化後の歴代総代と木遣師の墓へ、筒先中・
    道具中が墓参りを実施。
 8月 大山寺 参拝
 9月 根津権現祭礼・白山神社大祭
 10月 宗吾霊堂参拝・鬼子母神お会式お練り供養
 11月 出初式の準備、木遣り・纒・梯子乗りの稽古
木遣親聲會
 第四區の木遣りについては「木遣親聲會」が主催して、全ての行事を行っている。
 @定期的な稽古、A各地の寺社への奉納、B伝統文化の継承などは全て「木遣親聲會」が中心となって活動し、第四區の中心的な位置付けになっている。平成14年(2002)に創立九十周年を迎え、第四區ならではの大きな特徴である。1月13日には親聲會で木遣り始めの儀式として、神田明神の社殿で奉納木遣を行う。その後は、会員・準会員全員揃って新年会を行う。
 また、これまでにも幾多の木遣師を輩出しているが、以下の方々からの教えを守り続けている。
 「春日町事 内藤正義」「錦二事 増岡吉五郎」「新道事 杉本吉松」「吉野屋事 久保半次郎」「御殿町事 柳保雄」
木遣り・纒・梯子乗りの稽古
 梯子乗りの稽古は、年2回4月と11月に(出初式と慰霊祭前)10日間ずつ行っている。利用する梯子は前記行事の前日に「締め直し」を行い、稽古は沢蔵司稲荷で行っている。
 更に若手の育成として、親聲會の役員が定例の木遣りの稽古の他に計6ヵ月で月3日程度行っている。年間の日数にすれば、計30日強の稽古をしている。
 纒と梯子乗りは年3回、各行事の前に行っている。座談会「江戸消防の今昔」(『江戸消防』五十周年記念誌・56ページ)でも話題になったが、「声を出すときには精一杯の声を出せ、一生懸命にやれ」と、「それは我々の師匠達からも指導を受けたことであり、聞く方々に感動を与えるし、喜んでもらえるのだ」と今も若手に指導している。

出初式のために
 1月6日は出初式であるが、当日は早朝から湯島天満宮の宮司さんに、梯子乗りの選手を始め参加者が安全祈願のお祓いを受ける。その後、隔年で本郷消防署と小石川消防署に仮祭壇を作って出発式を行っている。署長・地元消防団・諸先生などが玉串を奉奠を行い、梯子乗りの披露を行ってから会場に乗り込んでいる。

第四區の会員が参加した建造物など
 第四區の定式は湯島天満宮を借りているが、ここは一番組の受持区域で、平成8年5月に大改修工事を行ったが、一番組が大きな役割を果たした。それを記念した額も奉納されている。
 また、神田明神の神門、白山神社の屋根の改修、根津権現の玉垣など歴史的な文化財の維持・保存の仕事にも参加してきた。
 
「平成22年5月25日 消防殉職者慰霊祭でのひとコマ」


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纒(まとい)をクリックすると
出初式の映像が見れます


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