『第八区のあゆみ』

当区は昭和28年(1953)11月1日に江戸消防記念会に入会したが、
それ以前の歴史については、具体的な史料は見当たらず、古老達
の記憶にある話などを紹介する。更には各地への奉納物が多くの
ことを物語っているので、それらを紹介する。
東京が拡大するにつれて、我々の地域はベッドタウンとして目覚
ましい発展を続け、多くの住宅が出来たため、本業の仕事も非常
に忙しく、現在とは較べようもない時期がありました。そんな中
でかなりの組員を抱えていたこともあり、記念会に加入する計画
が立案された。
昭和28年はテレビ放送が開始されたり、初めてスーパーマーケッ
トが登場した時期である。


 昭和28年11月1日、城南地区の旧郡部消防組五組(目黒・碑文谷・世田谷・成城・
玉川)が会の趣旨に賛同、第八区として独立加盟した。
 目黒区・世田谷区の各全部が受持区域になっている。
 当時の会員名簿(昭和31年)では、正会員は一番組16名、二番組15名、三番組13
名、四番組16名、五番組23名、合計83名と非常に多くの会員を抱えていたが、現在
でも45名程と組数からみて、かなり多くの会員を擁している。尚、準会員を含める
と現在は84名である。
四番組の記録では、昭和24年(1949)12月に組結成、25年(1950)6月に等々力不動
尊・不動堂上棟に際して、天水桶一対を奉納。また、昭和50年に大香炉を献納した。
なお、不動堂回廊には第八区の結成当時の各組頭の名前が回廊石垣に刻まれている。

  
  

寺社への奉納物
昭和30年(1955)11月には柴又帝釈天に賽銭箱が奉納されているが、第三区・第九区
・各区翁会の人々と共に、第八区各組が参加した。
また、五番組は千歳台にある東覚院に、木遣塚を昭和58年(1983)12月に建立した。

当時の組頭の大門事松原
利治氏、前任の祖師ヶ谷事青木政治氏が、若い人の木遣りの稽古の励みにしたいと発起
人となり、めぐり沢町事近藤芳雄氏の寄進で建立した。

目黒不動尊
目黒不動尊には享和元年(1801)に当所鳶「弥七」、天保5年(1834)9月に当所鳶
「福嶋屋」「松之助」とした玉垣・石垣の一部に第八区の大先輩にあたる彼らの名前が
刻まれている。また、この目黒不動尊の焼失前の社殿の天井には、大きな龍の絵があり、
その周囲に纒の絵が描かれていた。それほどこの不動尊には火消しの人々が参詣して加
護を得ていたので、先輩諸兄の努力には自然と尊敬の念を抱いている。

大雄山最乗寺
奥の院石段手前の「石門」は、「第八区一番組から五番組」までの「頭取中」から寄進
されている。「昭和36年(1961)5月吉日建立」時の組頭の名前が我々の歴史を物語
っている。「一番組組頭 石和田」「二番組組頭 島秀」「三番組組頭 横溝」「四番
組組頭 鈴木」「五番組組頭 大門」「五番組頭中」

大山阿夫利神社
「かみすばし」を渡ると、村山坊「獅子山荘」がある。「第二区」「第七区」の人々等が
利用しているが、第八区も利用して、参拝をしている。ここには昭和40年前後に玉垣を寄
贈した。

祐天寺
「南無阿弥陀佛」とした石碑の裏に「祐天上人二百五十年遠忌記念」として、「元五睦」
より「昭和43年(1968)5月」に建立したが、「第二区」「第三区」の人々と共に、一番
組から五番組までの頭取連中の氏名が刻まれている。
昭和32年(1957)初午2月に鳥居を奉納した。これは「五社稲荷大明神」の社前に全五組
で奉納した。

大鳥神社
「江戸消防第二区・第八区」として銅製の長提灯を一対奉納。長提灯にはこの神社のシン
ボルである鳥のマークや、各組の纒が取り付けられている。これは昭和43年(1968)11月
の奉納である。

等々力不動尊
境内中央に香炉があり、山口組頭他17名などにより献納されている。
「香爐奉献之記」として香炉の下の台石に記されている。
「昭和廿五年六月不動堂上棟を祝し第八区四番組は前年十二月の組結成記念にコンクリー
ト製天水桶一対を奉納 発起人は組頭山口鎌吉 副組頭鈴木政雄 同鈴木一繁 小頭村石長
次 同矢藤光平 同荒井金五郎 同太田一郎 同細野貞次 同原鎌次郎 同鈴木岩吉が名を
連ね相談役筒先纒階子刺又組員一同により寄進された
 昭和五十年四月弘法大師御誕生一千二百年法要に大基壇を造営するに際し天水桶に替えて
大香炉を献納して時に組結成以来二代目鈴木政雄 三代目矢藤光平 四代目荒井金五郎と代
を重ね二十五周年を記念し昌隆を祈る 五代目組頭 山口七蔵」「昭和五十一年一月二十八
日 四番組」

年間の恒例行事
1月5日 若手で構成している乗友会のメンバーが、梯子のお祓いを受ける。50名程が集ま
     る新年名刺交換会で、また世田谷区の「新年の集い」で区民会館の舞台に全員が
     集合して多くの区民に梯子乗りと纒振り・木遣りを披露している。そして6日の
     出初式に臨んでいる。
     これらの大きな舞台が若手には大きな励みになっている。
     大盃の儀については、1月半ば過ぎに箱根の旅館を利用して行っている。
2月   節分には、組として地元の神社仏閣に協力している。一番組は目黒不動尊、二番
     組は円融寺、三番組は円泉寺、四番組は等々力不動など。
5月   元五睦の行事、消防殉職者慰霊祭などに参加する。
6月   祐天寺にある元三番組の墓石供養と道了尊への木遣り定例参拝を行う。
8月   大山寺への参拝で、「獅子山荘」にお世話になっている。
10月   記念会として定例参拝する成田山新勝寺へ行くが、その後に八区として「総会」を
     行う。  
11月   二区と共に大鳥神社の二の酉の日に参拝し木遣り奉納を行なっている。また出初の
     準備で 木遣り・梯子乗り・纒の稽古などもこの時期に行う。

保存継承している伝統文化
 階子の練習は12月に一週間程、乗友会のメンバーが実施し、木遣りの稽古は全員で行ってい
る。師匠として三区の方に指導をして貰っている。



 「平成22年5月25日 消防殉職者慰霊祭でのひとコマ」
  
  
  


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