『第二区のあゆみ』

  沿革
  芝口から高輪辺り、古川・麻布から本芝・田町辺りまでが当初の受持区域であった
 が、明治に入り、第二区は消防第二方面という区分にしたがい、新橋から高輪までが
 受持区域になった。
  元二番組の「め組」と元三番組「あ組」「さ組」「き組」「ゆ組」「み組」「本組」
 と元五番組の「ゑ組」「し組」「江組」がその地域に入っていたので、「め組」が
 「一番組」、「み組」が「二番組」、「ゑ組」が「三番組」、「さ組」が「四番組」、
 「本組」「き組」「ゆ組」が「五番組」、「あ組」「江組」が「六番組」として第二
 大区が誕生した。

  また、品川宿を中心とした町場・門前などには以下のような火消が配置されていた。「番外 品川
 名主伊三郎支配 妙國寺門前」「番外 名主又三郎支配 海晏寺門前并月行事持共 外拾六ヶ寺」「
 南品川歩行新宿」「北品川本宿」「南品川本宿」(『重宝録』より(深川の町名主の手による、マニ
 ュアル的な記録集))。これらが「七番組」として第二区に昭和29年(1954)に加入した。
 「七番組」の纒の形状は品川の「品」の文字が基本になっている。

  『金刀比羅宮 縁起の栞』の「江戸火消の初詣」
  記念会としては毎年1月10日初金刀比羅の日に定例参拝を行っているが、それは次のような経緯から
 で、第二区は現在も出初式前には参拝し、お祓いを受けてから会場に乗込んでいる。
  「大江戸の名残り町火消は維新後も昔を偲びて、毎年に出初式を祝えり。中にも第二消防組当宮を篤
 く信仰し、先ず参りて後、出初式に列するを例とせり。時に明治四十二年各組梯子を競う、落死するも
 のこゝかしこなり。第二消防組もまた落下す。幸か奇蹟か彼鳶は再び猿のごとく上りて役を果せり。
 これ一重に大神の御蔭とし、由来市中全組の初詣を慣例として今日に及ぶ。」(昭和24年1月10日東京
 ・虎ノ門金刀比羅宮・宮司 吉田正已述)
  文政4年(1821)建立の鳥居の柱には、多くの寄進者の名前が見られるが、元二番組から「根石一式
 寄進」と櫻田八ヶ町鳶中から「地形建方寄進」とある。

  定例参拝する寺社と納め物 
  頭取中・筒先中・道具中などが、それぞれに通う寺社がある。頭取中は大雄山最乗寺、筒先中は鎌倉
 半僧坊へ、木遣りの会の「親聲会」で参拝し、道具中は佐奈田霊社への参拝と決まっている。
  第二区全体での奉納物は、一番組から六番組までが、成田山新勝寺へ明治19年(1886)6月に建立し
 た「銅製の人形」がある。仁王門をくぐって橋を渡った築庭の左上部で「こわれ不動堂」の前にある。
 これは地形の状況を模しているところであるが、今は真棒がなくなってしまった。
  大雄山最乗寺には第二区としての石碑や駒寄垣があり、明治45年(1912)5月に建立、その後も石碑
 などを追加している。
  妙圓寺(港区)に第二区全組で昭和30年(1955)に額を奉納。川崎大師には第二区として昭和33年
 (1958)5月に長提灯一対を奉納。筒先中は「建長寺招寿軒」への「額」。道具中は「佐奈田霊社」への
 「額」などがある。
 

  また、「町火消・消防組などの奉納物」の項にも一部紹介しているが、組毎には「め組一番組」は増
 上寺のめ組塚・烏森神社のきやり塚、「み組二番組」は大山阿夫利神社へ銅製灯籠一対、「ゑ組三番組」
 は祐天寺へ水舎と水盤・西久保八幡神社のきやり塚と石段、「さ組四番組」は亀塚神社の玉垣、「本・
 き・ゆ組五番組」は古壽老稲荷へ各区協力の石塀、「あ・江組六番組」は箭弓稲荷への額、「七番組」
 は品川神社への木遣塚と額などがある。
  

  各組の講とその世話人として
  大山阿夫利神社に通う御太刀講は、享保17年(1732)に発足して現在に至っている、港区では一番古
 い講で、江戸町火消創立の頃に発足した講である。当時の大店の主人は自分で行動を起こさず、出入り
 の本組の組頭伝兵衛に命じ、諸祈願を託した。第二区総代であった金牧八五郎氏が講元の時期もあった
 が、現在は地元の方々が中心となって五番組が参加している形である。
  また、現在も大山阿夫利神社へ参詣に行くが、第二区としては組毎に個別に行っている。
  め組が中心の御褥講は、最近は組員の減少で芝三業組合に協力を依頼して、毎年3月19日に第二区全体
 で川ア大師に座布団を奉納。
  六番組は麻布の昇運講と共に、戦後の一時期一緒に大山に通っていたが、最近は記念会でも行くため、
 個別に行く形になっている。
  『成田山新勝寺史料集・第六巻』の「講中記」には、「め組講中」「み組鳶中」「西ノ久保ゑ組」な
 どが記録されている。

  海雲寺(千躰荒神)の「格天井纒鏡板」
  南品川の旧東海道沿いに海雲寺がある。昭和5年(1930)8月に東京各区消防組として海雲寺に「格
 天井纒鏡板」とその趣旨を明記した額を奉納している。
  描かれているのは宮内省の纒、第一区から第六区までの纒と「妙國寺門前」「海晏寺門前」「南品川
 本宿」など合計79個の纒の絵が描かれている。

  年間の恒例行事
  1月 出初式・大盃の儀
  2月 節分で芝大神宮(半鐘祭)など
  3月 お褥講(川崎大師)
  4月 増上寺にて御忌法要(法然上人の供養) 
  5月 烏森神社の祭礼・弥生祭の準備
  6月 元三番組有志で祐天寺の三番組慰霊碑前で木遣り法要。19日川崎大師参拝。月末の土日に新橋
     ・尚運講の方々と秩父方面(三峰神社など)へ定例参拝
  8月 大山阿夫利神社に組ごとに参拝  
  9月 第七区と共に品川神社へ参拝し木遣り奉納芝大神宮のだらだら祭に参加
  11月 二の酉には大鳥神社に第八区と共に参拝・木遣り奉納。
     また12月初旬までは、出初の準備で木遣り・梯子・纒の稽古

  伝統文化の保存と継承
  「め組と相撲の喧嘩」は歌舞伎の題材に取り上げられて名高いが、め組の半鐘祭として舞台となった芝
 大神宮にて、現在もその行事を続けている。
  梯子の稽古は港区三田の春日神社で、5月・1月の大きな行事がある前とそれ以外にも数回実施してい
 る。
  また、木遣りは「親聲会」として、稽古は新堀会館において、二番組組頭の阿部操尾氏の指導で、月に
 3回程度行っているが、参加者は若い者中心に10名程である。
  纒の稽古は組ごとに実施している。
 
 

 「平成22年5月25日 消防殉職者慰霊祭でのひとコマ」
  
  
  


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